神秘的で豊かな自然と魅力的な人たちに会いに来て

ぐるりんしもきた
青森県下北半島旅ガイド

自然の美しさと木工職人の 技が融合した「時雨彫り」

厳しい下北の風土から生まれたアイデア

下北に、誰もが目を見張る見事な工芸がある。薄い板の一部分だけを彫り抜いて、美しい模様を浮かび上がらせた「時雨彫り」の作品だ。削った後の木肌を、晩秋に降る「時雨」に見立てて名がついたのだという。小さな作品は、本のしおりや絵馬に、大きなものは障子や扉の装飾などに使う。時雨彫りを単体で額に入れただけでも、立派な装飾になる。ほんの数ミリの、硬い年輪部分だけを残して彫られていて、とても繊細。もちろん、木目はどの板も少しずつ違うので、できる作品も違う。自然の美しさと職人の技術が融合した芸術だ。

時雨彫り

時雨彫りを考案したのは、中西建具センターの中西勇太郎さん。中西さんは、若いころ、下北の海辺に連なる船小屋の板が、風や砂にさらされている姿を見て、板の一部分を彫り抜く時雨彫りの着想を得たという。

むつ市奥内の国道沿いに、中西さんの工房がある。中西さんは早速、時雨彫りに使う機械を見せてくれた。

「1つの作品がどれくらいの時間でできると思いますか?」

と問いかける中西さん。

時雨彫りに使用する機械

実は、時雨彫りは、小さなしおり程度であれば、4~5秒のあっという間に出来上がる。あらかじめ塩化ビニール製の型を作っておき、薄い板と重ねる。そこに強力な風圧でガラスビーズを吹き付ける。すると、木目の硬い部分を残して、柔らかい部分だけが彫れるという仕組みだ。今は簡単にできるが、この工法になるまでの試行錯誤は大変だった。

当初は機械を自作した。しかしうまくいかない。東京から来た技術者の協力を得て改良した機械を導入したが、今度は設定が難しく、硬い部分まで彫り抜いてしまった。試行錯誤の末に、ようやく誰でも簡単にできるように改良できた。今では、工房を訪れた人は、気軽に時雨彫り体験ができる。

時雨彫りのしおり

器用な少年が独学で入った木工の道

中西さんは、少年時代から手先が器用だった。工作でよく褒められた。戦時中、大湊工作部測量班として、千島列島へ行き、帰ってきてから、持ち前の器用さを活かして自動車修理工場に就職。どんどん機械に詳しくなった。機械に詳しいことを見込まれて、知り合いから木工機械の整備を頼まれた。この機械整備が、木工の世界に入ることになったきっかけだ。

そういった経緯なので、師匠から教わって修行したわけではない。独学で技術を身に付け、職人の道を歩んで行った。

「師匠がいないから、考えざるを得ない。胸に手を当てて、仕事のことを考えながら寝る。そうすると、ためにならない夢ばかり見てしまうんだけど」と笑う中西さん。

 「時雨彫り」木工職人中西勇太郎さん

自ら学び、時には交流のある津軽の木工職人たちに教えを請い、技を身に付けた中西さん。職人として軌道に乗ってからは、養護学校への技術指導にも力を入れてきた。養護学校用に機械の安全性を高める改良をし、実習生を受け入れた。弟子の中には、青森県の技能競技大会で優勝し、木工関係の職についた人もいる。中西さんは、長年の社会貢献と訓練事業の功績を讃えられ、表彰を受けたこともある。

語り尽くせぬ木工への情熱

中西建具センターでは、時雨彫りだけでなく、様々な木工品を製造している。中西さんが、工房を案内してくれた。勇太郎さんを含め、4人が工房で働いている。

主力商品は、ヒバのまな板。抗菌成分を含む青森ヒバは、まな板に最適だ。地元だけでなく、都市部でも根強い人気がある。月に1000枚ものまな板を製造するという。昔は大型のまな板が売れたが、昨今のライフスタイルの変化により、小さいものが売れ筋に変わってきた。結婚式の引き出物に、ひばのまな板を贈る人も増えている。

まな板以外にも、木を裁断する機械、球状にする機械など、さまざまなものがある。

ヒバのまな板

「この機械なんかは、あるメーカーの最後の機械なんだ」と、機械の一つを指して語る中西さん。古くなった機械も、修理する知識を持っているので、自前でメンテナンスしているという。中西さんは90歳を超えているにも関わらず、すらすらと説明してくれる。工房の隅から隅まで、話が尽きない。説明するときには、実際に手も動く。

年中無休、とにかく常に、仕事と向き合ってきた中西さん。一緒に働く娘さんに、お父さんは働きすぎて心配ではないですか、とお聞きすると、「お父さんはいつも仕事で、仕事をしないほうが心配です」と笑顔で答えてくれた。

木工用の機械を使用する中西さん
木工細工のトンボ・駒

生涯現役、見果てぬ向上心

中西さんには、仕事以外の趣味はありますか、と尋ねた。返ってきた答えに驚いた。

「まだまだ変わったものを作りたいと思っているものですから、まだ他の趣味というところまではね。100歳を過ぎたら、考えます。」

まだまだ挑戦する意欲を失っていない。今は小物に挑戦しているが、たくさん売れて、どこの家庭でも使うような商品を生み出していきたい、というのが今の構想だという。

それだけではない。中西さんは、飽くなき向上心を持って、取材に訪れた私たちに、逆に質問してくださった。

「まったく別の仕事をしている皆さんから見て、何かこうしたほうがいい、こういうのを作れ、というのはありませんか。1つ教えてもらえれば、2つにも5つにも発展させることができる。」

「まったく別の仕事をしている皆さんから見て、何かこうしたほうがいい、こういうのを作れ、というのはありませんか。1つ教えてもらえれば、2つにも5つにも発展させることができる。」

技術者として長い経験を持ち、さまざまな賞も受賞してきた中西さん。それにも関わらず、謙虚に教えを請い、どん欲に新しい知識を求める。なかなかできることではないと思う。最後に見せていただいた中西さんの手は、太い指で、一目でわかるような、職人の手。中西さんは、今日もなお、その手で新しいことに挑戦し続けている。

木工職人 中西勇太郎さんの手のひら

Text : 園山和徳  Photograph : 佐々木信宏



【Profile】
中西勇太郎さん
木工職人
住所
青森県下北郡むつ市大字奥内字大室平10-32
電話
中西建具センター
0175-26-3778