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ぐるりんしもきた
青森県下北半島旅ガイド

日本が誇る郷土芸能 「能舞」を受け継ぐ

下北半島の文化の宝、能舞

人は、はるか昔から、日々の暮らしの中で様々な慣習、郷土芸能、民俗技術などを生み出してきた。その中で、特に保護すべき重要なものを、国が「重要無形民俗文化財」に指定している。日本全国の数えきれない文化の中で、指定されているのはわずか300あまり。青森県では8つだけだ。

有名な「青森のねぶた」などと並んで、下北地方で唯一指定を受けているのが、「下北の能舞」。その能舞を最も多く伝承しているのが、東通村だ。

青森県の重要無形民俗文化財の一つ「能舞」

能舞は、修験者がもらたしたもので、熊野権現を奉じて、悪魔退散、家内安全を祈祷する演劇的な芸能だ。目名不動院という修験者が15世紀に東通に伝え、その歴史は600年に及ぶ。修験者から教わって、農民、漁民の間に普及し、それぞれの地区で受け継がれてきた。能舞は、神社の祭礼での奉納のほか、正月祝い、新築祝いや結婚式などの節目で舞われる。

下北の能舞を見た人は、見事な舞と迫力あふれる演奏に、思わず息をのむ。その実力は全国に知れ渡っており、毎年、上演の依頼があちこちから舞い込んでくる。

能舞で使用される獅子頭

それぞれの地区ごとに受け継ぐ、
多彩な舞

東通村では、能舞に加えて、神楽、獅子舞というさまざまな民俗芸能がある。民俗芸能は、継承する団体が、それぞれの集落ごとに存在する。その団体が協力し、共に東通村の文化を受け継ごうと組織しているのが、東通村郷土芸能保存連合会だ。

「今年も、能舞を初めて見たという人から、本当にすごいですね、これからも伝統を守って頑張ってほしい、という言葉をいただいた。そうすると、気持ちを新たに頑張っていこうと感じる。」

こう語るのは、東通村郷土芸能保存連合会の会長、越善和彦さん。

東通村郷土芸能保存連合会 会長の越善和彦さん

東通村岩屋地区の出身で、25歳の時から、地元の岩屋青年会で能舞の伝承に携わってきた。今回は、地元である岩屋地区の能舞のことや受け継がれている道具のことを中心に話を伺った。

能舞は、28の演目がある。大きく分けると、権現舞、式舞(儀礼舞)、武士舞、修験舞、道化舞の5つに大別される。

獅子頭を歯打ちさせながら勇壮に舞う「権現舞」は、悪魔退散と五穀豊穣を招く祈りの舞で、見るものを神聖な気持ちにさせる。修験舞の代表的な演目である「鐘巻(かねまき)」は、修験者の死闘を表現した舞の迫力に圧倒される。そうかと思えば、思わず笑ってしまうのが「ねんず」や「狐舞」などの道化舞で、舞い手と太鼓打ちが掛け合いをしながら、面白おかしく展開する。一口に能舞といっても、その表情は多彩だ。

国の重要無形民俗文化財である「下北の能舞」

「それぞれの地区で伝承しているので、演目の基本的な流れやストーリーは同じなんだけど、踊りや曲が微妙に違う。それが面白い。他の地区の舞がかっこいいなと思う場面もあるんだけど、決して真似はしないんだよ。」

と越善さんは教えてくれる。

先人たちのお魂を宿した能舞の面

能舞において重要な道具「面」を見せていただいた。岩屋青年会で受け継がれている面は、およそ20種類もある。面は、非常に長い間、大切に使われる。岩屋地区で最も歴史の深い面は、「翁(おきな)」などの演目で使われる老人の面だ。作られてから最低でも100年以上は経っていると考えられ、いつから使い始めたがわからないほどだ。村内で最も古い、目名地区に伝承される面は、なんと能舞が伝わった当初、室町時代から受け継がれているものだという。

能舞の道具 室町時代から受け継がれている老人の「面」

「面をつけると、何かが心に舞い降りて、能舞に入り込む気持ちがする。これなんかは特にそうだな。」

と越善さんが手に取るのは、修験者の面だ。能舞の中でも特に人気の高い「鐘巻」という演目に使われる面で、越善さんは若いころからこの演目を担当してきた。鐘巻は、鬼になった女性を修験者が法力で救うというストーリーで、50分にも及ぶ長い演目だ。

「踊っているときには汗がものすごいんだ。声も出さないといけないし、暑くてバケツの水をかぶりたくなるくらい。大変なんだよ。」

と舞う時の心情や状況などを詳しくを教えてくれた。

「修験者」の面をつける越善さん

伝統を支える若者たち

越善さんの本業は大工。学校を卒業して、大工の修行のために村を離れ、青森市でおよそ7年ほど過ごしたあと、岩屋へ戻ってきた。
子どものころから能舞の権現舞が好きで、あこがれていた地元の能舞継承団体、岩屋青年会に入会。地域の文化を盛り立ててきた。現在は青年会からは引退したが、指導や手伝いをする機会は多い。

取材が盛り上がって、変わった写真を撮らせていただいた。
左から2番目、面と鎧を付けたのが越善さん。越善さんは鎧をつける役を演じることがないので、実はかなりレアな写真らしい。両脇の3人は、岩屋青年会の現役会員だ。

面

青年会の会員は現在16名。写真の右から2番目が会長の三国輝光さん。越善さんの紹介によると、「東通村随一の太鼓名人」だ。小学校3年生から太鼓をずっと担当しており、太鼓といえば三国さんだという。三国さんは、現役の担い手の立場から、能舞の現状についてこう語る。

「人口減少や高齢化で、人不足が一番の課題です。舞い手だけでなく、太鼓、笛など裏方ももちろん重要で、人がいないことにはどうにもならない。でも、人数が少なければ少ないなりに、助け合って、とにかくやらなければならないという気持ちでやっています。」
そして、写真一番右が副会長の中西則仁さん。一番左が会員の三國巧さん。お二人が撮影のために面や鎧などの道具を出してくれた。能舞の歴史にも詳しく、頼もしい限りだ。

能舞で使用する、面や鎧などの道具の数々

力を合わせて、
文化を後世に受け継ぐ

人々を魅了する能舞だが、基本的にはそれぞれの地域の神社で奉納される神事であり、一般の人が見ることのできる機会は限られている。

誰でも鑑賞できる貴重なイベントが、毎年1月初旬に東通村体育館で開催される、連合会主催の郷土芸能発表会だ。今年で52回目を迎える歴史ある発表会で、村内の能舞、神楽、獅子舞などが一堂に会し、朝から夕方までたっぷりと楽しむことができる。また、能舞を地域活性化に活用しようと、東通村のグルメと組み合わせたイベントも時折開催されている。

多くの観客でにぎわう、郷土芸能発表会

最後に、越善さんから、これからに向けての意欲を聞いた。

「村内の郷土芸能を継承する21団体が、互いに理解し、協力し合いながら、東通の自慢できる郷土芸能を後世に伝えるように、頑張りたいと思います。」

越善さんの手を見せていただくと、柔和なお人柄や優しく包み込む寛容さが伝わってくる。本人は、大工らしくない手だ、と笑う。東通村の能舞は、越善さんをはじめとして、文化を誇りに思う多くの村人が、手を取り合って支え続けている。

東通村郷土芸能保存連合会 会長 越善和彦さんの手のひら

Text : 園山和徳  Photograph : 佐々木信宏



【Profile】
越善和彦さん
東通村郷土芸能保存連合会 会長
住所
青森県下北郡東通村大字砂子又字沢内5番地34
電話
東通村役場経営企画課
0175-27-2111