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ぐるりんしもきた
青森県下北半島旅ガイド

太平洋の恵み 絶品ヒラメ

「ヒラメ県」青森県を支える東通の海

東通村といえばヒラメ、ヒラメといえば東通村。

まだまだそのようなイメージが定着しているとは言い難いが、定着させるべく、東通村では村を代表する水産物としてヒラメのPRに力を注いでいる。2017年には、新ご当地グルメとして「東通天然ヒラメ刺身重」を発売し、半年で5000人もの人がヒラメに舌鼓を打った。

東通村ご当地グルメ「東通天然ヒラメ刺身重」

青森県はヒラメの漁獲量日本一。県の魚に認定されているのもヒラメだ。稚魚の放流も県内各地で盛んに行われており、水産資源を守り育てながら海の恵みをいただいている。東通村は、その青森県内でも有数のヒラメ水揚げ量を誇る一大産地。村内には7つの漁港があり、中でもヒラメの水揚げが最も多いのが、尻労(しつかり)漁港だ。2016年の東通村のヒラメ水揚げ量は162トン。そのうちの半分近い77トンが尻労漁港で水揚げされている。

尻労漁港がある東通村の沖は、ヒラメの生育に最適な環境だ。寒流と暖流がぶつかり合い、プランクトンが豊富。また、地形的にも、若いヒラメの餌である小さなエビなどが豊富な砂浜、大きなヒラメの餌である小魚が豊富な凹凸のある地形を兼ね備えている。

尻労漁港で水揚げされたヒラメ

最高の鮮度で水揚げ
漁師のこだわり

村内のヒラメ漁師のトップランナーが石田勝信さん。猿ヶ森漁協に所属し、尻労漁港を拠点に漁に出る。
石田さんの漁法は、底建網漁だ。底建網とは、海底に網を固定し、海の底を移動する魚を狙うやり方である。ヒラメ漁の最盛期である11月は毎日、それ以外の時期でも、年に1か月ほどの休漁期を除いて、数日置きにヒラメを獲る。

石田さんに、ヒラメ漁でのこだわりを聞いた。

「鮮度だよ。そのために、船の設備は、自ら投資して、一番いいものを使っている。」

村内のヒラメ漁師トップランナー 石田勝信さん

そう語る石田さんの船、第三漁幸丸。素人目に見ると、操舵室もない、簡素な船に見えるが、とんでもない。操舵室がないのは、海の上で網の作業がやりやすいように、スペースを確保するためだ。実は、ヒラメを最高の状態で水揚げするための秘密が、船の中に隠されている。

船の中にはいけすがあり、その中に水揚げされたヒラメを活きたまま入れることができるのだ。酸素を供給するためのポンプも備え付けられているので、ヒラメを漁港まで生きたまま運ぶことができる。いけすは2つあってそれぞれ2段になっており、最大で800㎏ものヒラメを一度に運ぶことができる。

「漁師の本分は、魚を獲って、水揚げするところまで。これにベストを尽くしているんだ。」

生きたまま運ぶことができれば、それ以上の鮮度はない。水揚げの時には活魚輸送が可能な水産業者のトラックに直接積み込むこともあるという。
石田さんの船「第三漁幸丸」

人にやさしく 自分に厳しく

ヒラメ漁の話を聞くと、自分の仕事のことを淡々と話しつつも、村として取り組まなければならない課題について、厳しい表情で熱く語る石田さん。しかし、話が仕事からそれると、柔らかな笑顔になり、時折ジョークも交えたトークになる。


漁師になってもうすぐ30年になる石田さんだが、実は漁師になる前の職業は、喫茶店のマスターだった。

「今でもむつ市のほうに行けば、やあマスターしばらくぶりだね、って声をかけてくれる人もいるんだよ。」

と語る石田さんは、父が亡くなったのをきっかけに、むつ市で経営していた喫茶店をたたんで、実家である猿ヶ森地区に帰ってきた。父の仕事は漁師ではなく、畜産業だったが、父が経営していた畜産業はうまくいっておらず、石田さんが帰ってきた時には、既に数千万にのぼる多額の借金があった。
石田さんは、それまで漁業に携わったことはなかったが、借金返済のため事業として成長が見込める漁業を選んだ。


仕事について熱く語る、石田さん

猿ヶ森地区には、海があって漁協があるが、港がない。日本最大の砂丘である猿ヶ森砂丘が広がる浜は、全て防衛庁の試験場となっているからだ。それも一因となって、猿ヶ森で本格的に漁業に取り組んでいる人は少なかった。ただ、魚が獲れることは分かっており、石田さんは漁業に成長の余地があると見込んで、参入を決めた。隣の尻労地区の漁港を拠点にして漁師生活を開始。教えてくれる師匠はいない。同年代の仲間や後輩と教え合って仕事を覚えた。

「借金なんて大したことない。もう返し終わったよ。」

とこともなげに語る石田さん。当時のことはあまり多くは語らないが、今があるのは苦しい時に助けてくれた仲間や友人、後輩のおかげ、と力説する。

お互いに励ましあい、助け合える後輩・仲間とともに

“将来の希望”となって
後継者を育てる

「これまでやれることはやってきた。これからは、一つでも多くのことを、これからの漁業の後継者に伝えていきたい。」

と石田さんは語る。

石田家では勝信さんの息子が漁師となり、一緒に船に乗って沖に出ている。父に言わせれば、息子はまだまだだ、というが、頼もしい限りだ。しかし、周りの漁師を見れば、若手はごくわずか。後継者のいない高齢の漁師もいる。

「最近は魚の値段も安くて、経済的には誰もが大変でしょう。でも俺は新しい車に乗って、大きな家に住む。それは見栄だよ、若い人への見栄。頑張れば漁師だってこういう風にやれるんだ、っていうのを見せたい。」
若者たちに“将来の希望”を魅せる、これが石田さん流。

ヒラメ漁の船「第三漁幸丸」と笑顔の石田さん

昔は網漁師は網だけをやる、というのがこの地域では一般的だった。しかし、石田さんはヒラメ漁の船と別の船を購入し、釣り漁も始めた。春になると誰よりも大きなサクラマスを釣り上げる。石田さんに魅せられて、釣り漁を始めた若手漁師もいる。これからを担う若手の目標になっているのだ。

息子さんが一人前になったら、ヒラメ漁の船を任せ、自分は別の船で釣りをするつもりだという。とはいえ、若手の目標としてまだまだ第一線から退けそうにない。石田さんはその力強い手で、東通村の漁業を引っ張り、次の世代へのバトンを渡していく。

ヒラメ漁師石田勝信さんの手のひら

Text : 園山和徳  Photograph : 佐々木信宏



【Profile】
石田勝信さん
ヒラメ底建網漁師(猿ヶ森漁業協同組合 副組合長)
住所
青森県下北郡東通村大字砂子又字沢内5番地34
電話
東通村役場経営企画課
0175-27-2111